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2010年9月 1日 (水)

大本山永平寺と能登の旅 4

まだ終わっていませんでした、このシリーズ。。。   

修行道場永平寺を後にし、一行は石川県は金沢の兼六園へ。Cimg1585  兼六園は江戸時代の代表的な林泉回遊式庭園で、もともとは金沢城の外郭として城に属した庭だったんだそうです。周りには和菓子屋さんなどもあり、私たち女子はもちろんお団子を買ったり、ぬれせんべいを買ってみたり。ちょうど小雨というお天気もあり、しっとりと落ち着いた庭園を満喫いたしました。

そして向かうは永光寺(ようこうじ)へ。Cimg1636 こちらは向かう途中の千里浜ドライブウェイ。波打ち際の砂浜を走る走る。砂が細かく締まっているのでバスが走っても大丈夫。気持ち良いドライブでした。

Cimg1646 永光寺到着。瑩山紹瑾禅師(曹洞宗第4祖)が1312年に開かれたお寺です。左奥に映っている、青のお袈裟を身につけていらっしゃる方がご住職さまで、境内を案内していただきました。中でも印象に残ったのが、伝燈院といって曹洞宗の5大祖師の木像が安置され、遺品等が埋納されているお堂です。もちろん曹洞宗開祖であられる道元禅師、そして道元禅師が中国に於いて師事されていた天童如浄禅師も奉られています。永平寺でもそうでしたが、およそ700年前に生きていた人たちが今もこうして丁重に奉られて供養されているのを目の当たりにしますと、知識として頭の中にあった人達が、ちゃんと生きていた人達なんだぁと実在感がわいてくるのです。

そして夜は能登半島の旅館でお泊り。能登半島は3年前に震災がありました。ちょうど私たちを担当してくださった仲居さんが、震災時に旅館で勤務していたそうで、その時の様子を聞かせてくれました。収容人数640人の大旅館ですが、怪我人は一人もいなかったそうです!ちょうど朝食が済み、宿泊客が観光に出ている時間というのもあったそうです。これが朝食時(各人の御膳で鍋の火が使われている)だったら大変な事になっていましたよ!とおっしゃっていました。が、新しく各部屋に導入した液晶テレビはすべて壊れたそうです。。 もちろん通常の営業、生活に復活できるまでは大変だったそうです。

翌日 Cimg1666 輪島朝市。輪島といえば漆塗りです。美しい品がたくさんありましたが、お値段が。。。 

そしてこちらは総持寺祖院Cimg1704_2  山門です。アップCimg1709 こちらの門は昭和7年に建てられたもの。開山は1321年ですが、明治時代に大火にあい七堂伽藍の大部分を焼失してしまったそうです。永平寺もそうでしたが、火事にあい焼失というのが多い。でもまた建つ。すごいなぁ。。 
ですが、ここにも震災の跡が。Cimg1711 山門の両脇と回廊の接地部分で、回廊の屋根に山門がのっかってしまっています。ほんとは離れていたですって。
こちら経蔵Cimg1705  1743年建立、石川県重要文化財。中にはたくさんのお経が納められている直径2メートルほどの柱のようなものが中央にあり、なんとこれが回るのです。といっても女子ひとりの力では回せません。  そう、一回転させるとそこに入っているお経を全部読んだことになるという優れ物? チベットのマニ車と同じですね。

回廊Cimg1726  ところどころ土壁が剥がれおちていたりして、雷(能登は雷が多いそう)でぼろぼろっと落ちるのだそう。。

今回2泊3日で五つの古刹を巡ったわけですが、こう、立て続けに歴史のあるお寺さんをまわり、遠い昔に想いを馳せていたりしますと、なんというか、今自分がどこの時代にいてどこの空間にいるのかがよく分からなくなってきました。建物にしろ、そこの場所が包摂している時空間にしろ、何しろスケールが大きい。 仏教全体となるともっとスケールがおおきいからなぁ。。 

やはり日常のスケールだけではなく、そこをちょっと揺さぶってくれるような別のスケール感を体感するというのはいいことだよなぁ、と改めて感じたチョウでした~。(終)

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